写真屋でアルバイトをしていたS君の話。
S君は、車で幾つもの工事現場を廻っていた。
工事現場では、作業の進捗状況を写真に記録する。
現場事務所でそのフィルムを回収し、翌日、現像の終わった写真を届ける。
それがS君の仕事だった。
ある日、いつものように集配に出掛けた。
向かった先は、ビルの解体工事の現場だ。
街中に、使われなくなった古いビルが2棟ある。
それを取り壊し、更地に戻すという工事だった。
現場に着いて車を駐め、バックを抱えて事務所に向かった。
現場事務所は、取り壊し前の空きビルの中にある。
中に入ると、とたんに街の喧噪が遠ざかった。
薄暗く、しんとしている。
どことなく、カビたような匂いも漂っている。
急いで階段を駆け上がり、3階へと向かった。
3階の廊下を突き当たりまで進むと、かつてはどこかの会社の事務所だったのだろう、
使われなくなった部屋がある。
そこが、現場事務所だ。
部屋を目指して、一人、廊下を歩く。
コツコツコツ、と自分の足音がやけに響く。
廊下の右側は窓になっていて、外に、もう一つの空きビルが見える。
汚れたガラス窓の向こう、手も届くほどすぐそばに、そのビルが建っている。
壁面はひび割れ、窓は夕暮れの弱い光を浴びて、赤黒く光っている。
それを見ながら部屋の前までやって来たとき、S君の足が止まった。
・・・あれ?
小さく呟いた。
・・・ヘンだ。何かがおかしい。
頭の中でも、コレは違うぞ、という自分の声が聞こえている。
でも、分からない。
・・・何が違うんだ?
・・・何がおかしいんだ?
考えながら扉を開き、事務所に入った。
ガランとした部屋には誰もいない。
カウンターに置かれた集配用のボックスから、フィルムを回収し、
代わりに現像の終わった写真を入れた。
その瞬間、はっとした。
思い出した。
・・・向かいのビルは、確か、もう取り壊しが終わってたんじゃないか?
ここ一週間ほどの記憶を辿ってみる。
ええと、
先週末には窓枠の撤去が始まって、
今週の頭には重機が入って、
昨日来たときは、鉄骨と針金剥き出しの、コンクリの柱と床が・・・
そうだ!
現像して持ってきた写真にも、確かに・・・
そう思って写真に手を伸ばそうとした、その時。
S君の後ろで、事務所のドアがばたん!と閉じた。
途端に、空っぽの部屋に暗さが押し寄せてきた。
S君はバッグを掴むと、慌てて部屋を飛び出した。
そして、相変わらずそこにある窓の外の空きビルを横目に見ながら、
暗くなってきた廊下を、一目散に階段へと向かった。
S君は僕に言った。
「確かに壊されてたハズなんだ。間違いないんだよ。それに・・・」
車に飛び乗ったS君が去り際に見ると、取り壊しを待つ空きビルがひとつと、その横には、
すでに取り壊されたビルの、瓦礫の山があったという。