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真夏ノ怪談 其の拾

真夏ノ怪談.JPG
仕事が終わる頃には日が落ちて、辺りはすっかり、暗くなっていました。
山奥の小さな町。
川沿いの細い道。
山の斜面に、家の明かりが、ぽつりぽつり。
僕は仕事道具をトランクにしまうと、夜の闇の中へ、車を発進させました。
 
夜の山道は、それはそれは心細いものです。
黒い木々に囲まれた道を切り裂いてゆくヘッドライト。
時折、遠くに見え隠れする小さな灯りが、闇をいっそう深いものに感じさせます。
家まで約4時間。
朝6時起きで一日移動と取材に追われ、疲れもピーク。
しばらく運転していると、眠気が襲ってきました。
見ると、ライトに照らされて運動公園の看板があります。
川沿いの道から折れて100mほど坂を上ると、広い駐車場に出ました。
(よし、ここで少し休んでいこう・・・)
時計を見れば、午後10時。
僕は車を駐めてエンジンを切ると、座席を倒しました。
静寂と闇が辺りを包みます。
窓を開けて目を閉じると、昼間の疲れが夜気に溶けてゆきます。
ウトウトとしていながら、頭の中では、今日一日の出来事が鮮明に蘇っている。
まるで白昼夢でも見ているかのような、不思議な感じです。
その心地よさに身を任せてまどろんでいると、ふいに、笛の音が聞こてきました。
 
ひょお~るるぅー、
ひょおーるるぅ~・・・
 
縦笛やフルートではなく、雅楽の龍笛。
牛若丸が五条の橋で吹いていた笛。
神社で神主さんが吹いている、あの日本古来の笛の音が、どこからともなく聞こえてきます。
(いったい何処から聞こえてくるんだろう。誰か練習でもしているんだろうか・・・)
遠くから風に流れてくるようでいて、耳を澄ませば、すぐ近くから聞こえてくるようでもあります。
僕は座席を起こすと、ドアを開け、車の外に出ました。
夜の駐車場には僕の車が一台きり。
他には誰もいません。
闇に慣れた眼で見回すと、駐車場の周りにあるのは、トイレと、グラウンドと、かたわらに小さな墓地。
僕は笛の音の主を捜し、ぽつぽつと歩き出しました。
トイレ・・・違います。
グラウンド・・・誰もいません。
墓地にも人影はなく、第一、笛はもっと別の所から聞こえてきます。
駐車場は丘の上にあって、片側は下の道へと続く藪の生い茂った斜面。
もう片側にグラウンド。
それ以外は鬱蒼とした森に囲まれています。
近くには人家もありません。
僕は諦めて車に戻ると、ドアにもたれて、聞こえてくる笛の音に耳を傾けました。
何だかとても懐かしいような。
それでいて、とても悲しいような。
気が付けば、夜空には白く冴えた月が輝いています。
見下ろせば、河が月明かりを蒼く映しながら横たわっています。
そしてその向こうには、黒々とした山並みが、遠くどこまでも、どこまでも続いています。
その景色を眺めながら、僕はふと、こんなコトを考えていました。
(遠い昔、この辺りにまだ道も家もなかった頃・・・
 誰かがここで、こうして笛を吹いていたのかもしれないなぁ)
 
笛の音はなおも冴え渡り、いつまでも、いつまでも、夜の闇間を流れて行きます。
 
ひょお~るるぅー、
ひょおーるるぅ~。
 
ひょお~るるぅー、
ひょおーるるぅ~・・・
 
今から10年ほど前、宮崎の、とある山の中での出来事です。

真夏ノ怪談 其の九

真夏ノ怪談.JPG

皆さんは、夜の山を訪れた事があるだろうか?
人のいない、灯りもない、夜の山。
僕は昔、よく行っていた。
もちろん誰もいない。
何も聞こえない。
車のライトを消せば、辺りは途端に、漆黒の闇に包まれる。
しかしそれもほんの一時の事で、眼が慣れてくると、色んなものが見えてくる。
夜気を呼吸し、静かに佇む木々。
星の光を浴びて、透明に輝く草花。
楽しげに遊ぶ、ウサギやタヌキ。
音も聞こえてくる。
サワサワと、風が梢を撫でる音。
近くを流れる、沢の音。
遠く山々にこだまする鹿の鳴き声。
暗くて怖い、と思っているのは、おそらくは僕たちだけだ。
 
そこでは様々なモノたちが、夜、と言う時間を楽しんでいる。
 
その日も、車に乗って夜の山に出掛けた。
原稿の締め切りに追われ、煮詰まった頭を冷やす為だ。
5分ほど車を走らせ、近くの山へやって来た。
中腹に小さな広場があり、その先に、ささやかな駐車スペースがある。
車を駐めて、エンジンを切った。
座席を倒し、目を閉じて耳を澄ませる。
しばらくして目を開くと、辺りは驚くほど明るかった。
月夜だ。
空に、丸くて黄色い月が、ぽっかりと浮かんでいる。
車を降りてみる。
一瞬、ドアを開けた時の車内灯の光で、辺りに闇が訪れるが、
ドアを閉じるとまた、じんわりと月の光が降りてくる。
月夜の山は意外なほど明るく、そして美しい。
夜だというのに、遠くの木々の梢まで、手に取るようにハッキリと見える。
まるで、幻の中に佇んでいるかのようだ。
それを見ていると、さっきまでの頭の中のモヤモヤが、嘘みたいに消えてゆく。
心が透明に、静かになっていく。
僕は車にもたれて、夜の景色と、その中にいる自分を楽しんだ。
 
しばらくして、ふいに何かが聞こえた。
声・・・人の声だ。
気のせいかと思ったが、遠く微かに、確かに聞こえてくる。
子供が楽しげにはしゃいでいる。
それに答えるかのような、男性と女性の声も聞こえてくる。
ははぁ。
さては、僕と同じように夜の山を楽しみに来た家族がいるのだな。
そう思った。
辺りには人家はない。
麓からはかなりの距離がある。
とすれば、この先の峠の方で車を駐めたのか。
声が少しずつ近付いて、はっきりとしてくる。
子供の笑い声が聞こえる。
何を喋っているのかは分からないが、とても楽しそうだ。
しかし・・・と僕は思った。
腕時計を見ると、夜中の2時を廻ったところ。
こんな時間に、山の中を散歩する家族がいるのか?
声はなおも近付いてくる。
僕は車を離れて道に出ると、峠へと続く上り坂を眺めた。
もう本当に近い。すぐそこだ。
しかし、道の先のカーブからは、家族は姿を現さない。
あの家族はいったい、何処からどうやって来ているんだ?
その時、声が止んだ。
だがいる。すぐ近くにいる。
僕は辺りを見回して気配を追った。
そして、気付いた。
道を挟んだ山の斜面。鬱蒼とした藪の中。
その木々の向こうからこちらを見ている視線を、確かに感じた。
・・・ああ、そうか・・・。
僕は妙に納得して、車に乗り込むと、月明かりに包まれた夜の山をゆっくりと後にした。
 
そうなのだ。
ソレが何なのかは分からない。
人ならぬモノか、あるいはタヌキの親子連れか。
いずれにしても、月夜に家族で気持ち良く散歩をしていたら、目の前に男が立っていた。
こんな時間に!?
たった一人で!?
僕も驚いたが、向こうもさぞかしビックリしたことだろう。
 
散歩のジャマをして、ゴメンね。
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